少し前まで”英領ホンジュラス”だった。ベリーズの歴史について

ベリーズという国をご存じでしょうか?

ベリーズは中米にあるとても小さな国です。
ほとんどの中米の国ではスペイン語が話されますが、この国の公用語は英語となっています。
(実際に現地の人が話しているのはクレオールという言葉ですが、大多数の人が英語も話せます。)

なぜベリーズだけ英語が公用語なのでしょうか?
そして地図を見ていただいたらわかるように国境線が直線です。
その理由は歴史を見ると分かるので、説明していきたいと思います。


始める前に今回ベリーズの歴史を一緒に振り返っていくパートナーを紹介したいと思います。
オオキボウシインコの「ローラ」です。
彼女は50歳なので今まで様々なことをこの国で経験してきたと思います。
彼女に色々と質問しながら進めていきます。

ローラよろしくね!

任せて!


大昔、ベリーズではマヤ文明が栄えていたって本当?

AD250からAD900までマヤ文明がこの地で栄えていたよ。

マヤ文明の起源は定かではないですが、BD1500からBD300の間に中米の地域で始まったと考えられています。
この文明は900年ごろに衰退してしまいますが、この地域に多くの人々を残しました。
ベリーズでは多くの遺跡を見ることができます。

中米はヨーロッパから多くの人が来て植民地にされていたよね?
ベリーズに最初に来たヨーロッパの人は誰なの?

最初に来たのはスペイン人のゴンサロ・ゲレロだと言われているよ!

彼は1511年にユカタン半島の辺りで難破してしまい、地元の人に捕まってしまいました。しかしその後は現地の人と結婚してそこに定住することになります。
かの有名なコロンブスは1502年に中米に来ているのですが、ベリーズには立ち寄らなかったとされています。

じゃあベリーズが植民地化されたのはいつごろからなの?

1544年にスペインがグアテマラに総督府を設置したんだけど、そのころからベリーズをはじめ、ホンジュラス、ニカラグア、エル・サルバドルなどの中米の国が植民地になったよ。

1492年にコロンブスがアメリカ大陸を発見しました。それを皮切りに、多くの人が中米に来て現在のグアテマラに相当する地域にヨーロッパ人のコミュニティができました。

スペインの植民地だったんだ。じゃあ何で後にイギリス領になるの?

カリブ海沿岸にあるベリーズは内陸部にあった総督府からしたら僻地だったんだよね。
だからほとんど放置されていたの。
でも17世紀の前半からイギリスやスコットランドの海賊たちが隠れ家としてベリーズに住み始めたんだよ。
1638年にイギリス人が漂流して、彼は木材を切り出して本国に送る事業を始めたの。
このころからイギリス人が多くなっていったよ。

もちろんベリーズはグアテマラに総督府を置いたスペインの領地なのでそこで対立が生じました。イギリス人は何度かベリーズから追放されますが。カリブ海でのイギリスの勢力が強くなるにつれて、スペインも防げなくなっていきました。

ベリーズをめぐってイギリスとスペインは対立してたんだね。
じゃあその後和解とかしたの?

イギリスは条約などを作ってスペインに妥協を迫っていたんだけどスペインはあまり納得していなかったの。
そして1798年にセント・ジョージズ・ケイ(St. George’s Caye)という島で両者が戦うんだけどイギリスがこれに勝ったんだよね。
それ以来スペインは何も言えなくなってしまったの。

1763年のパリ条約、1783年のベルサイユ条約でイギリスはスペインにベリーズの領有権を認めさせようとします。しかしそれでもまだ不満があったスペインはイギリスに戦いを挑みましたが敗れてしまいました。

これで晴れてベリーズはイギリスの領地になったんだね!

それがまだ終わっていないの。
スペインの後はグアテマラ政府と対立をし始めたんだよ。

グアテマラ総督府は1821年にスペインから独立しました。独立後グアテマラ政府はベリーズの領有をめぐってイギリスと交渉を始めました。
最終的にイギリスがグアテマラ・シティからカリブ海沿岸までの道路を建設する代わりにベリーズの使用権をグアテマラに認めさせました。
その後イギリスは入植者を増やして町などを建設していきました。
そして1862年には「英領ホンジュラス」を宣言しました。

イギリスとホンジュラス、お互いに円満な形で解決したんだね!

実はそうじゃないのが現在もなおグアテマラ人がベリーズの領有権を主張している原因なの。
イギリスは約束していた道路の建設を結局行わなかったんだよ。

えっ!

イギリスは約束していた道路を建設しませんでした。
それに加えてグアテマラはベリーズの”使用権”を認めただけで”領有権”を認めたわけではありません。
これが今でもわだかまりが残っている理由です。

その後はどうなったの?

1950年代にベリーズの人達の間で独立の機運が高まったの。
1972年に独立する予定で準備を進めていたんだけど、グアテマラが圧力をかけたために思うように進まなかったの。
でも最終的に1981年に独立したよ。

独立の意志が出始めてからまず初めに政党ができました。
それに続いて選挙によって自治政府が認められ、72年の独立に向けて準備をしていました。
残念ながらグアテマラの圧力により予定通りにはいきませんでしたが、81年に晴れて独立を果たしました。
また、国名も1973年に「英領ホンジュラス」から「ベリーズ」に変更されました。

ようやく独立したんだね!
グアテマラとの関係は大丈夫?

1991年にグアテマラがようやくベリーズを国として認めたよ。

ベリーズが国として認められた後もグアテマラとの間で国境に関する問題が残っていました。
両国は2008年にこの問題を国際司法裁判所に委ねようという合意をしました。
2013年に国民投票が行われ合意に至ったそうです。


調べてみたら色々と紆余曲折を経てできた国だと分かりました。
人口も増え続けており、現在は約38万人がこの国に住んでいます。

歴史上で色んなことを乗り越えてきたベリーズがより発展していくと願っています。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

ローラもありがとう!

遠く離れた日本の人達が私の国に興味を持ってくれてうれしかったよ。
こちらこそありがとう!

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%83%86%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2#%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E6%A4%8D%E6%B0%91%E5%9C%B0%E6%99%82%E4%BB%A3
https://www.grandbaymen.com/belize_history.html
https://belize.com/history/

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