獣医学生が解説!! エキノコックスについて

エキノコックスという寄生虫をご存知ですか?
北海道出身の方だったら耳にしたことも多いのではないでしょうか。

今回の記事では、エキノコックスがどのような寄生虫であるのか、疫学、症状、北海道での歴史などについて書いていきたいと思います!


エキノコックスとは?

出典:https://www.pinterest.com/pin/550916966894361751/

エキノコックスとはテニア科エキノコックス属に属する条虫の総称です。
エキノコックス属には5種の条虫がいます。

その中でも公衆衛生上重要なのは単包条虫Echinococcus granulosus)と多包条虫E. multilocularis)です。

単包条虫は日本に分布していないので、この記事では多包条虫を中心に書いていきたいと思います。
特に断りが無ければ「エキノコックス=多包条虫」としています。

エキノコックスの形態

成虫の体長は3~4mmで単包条虫より小さいです。
片節数は頭節を含め基本的には4、5個です。

頭節には26~36本の大小2種の鉤が交互に2列に並んでいます。
この鉤と吸盤は終宿主の小腸粘膜に吸着する際に使用されます。

エキノコックスは中間宿主(げっ歯類や人間など)に寄生しているときは包虫という形態をとります。
(単包条虫なら単包虫、多包条虫なら多包虫と呼ばれます)

多包虫は上の図のように複数の包状の構造からなります。
一方で単包虫は一つの房からなります。

中間宿主に寄生したエキノコックスは3~4日後に包虫壁を形成し、繁殖胞を形成する細胞と原頭節を形成する細胞に分化します。

原頭節は後に終宿主の腸管内で成虫に成長します。

MEMO
外観で単包条虫か多包条虫かを区別するのは難しいそうです。
しかし、単包条虫が少し大きいことと、生殖孔の位置が片節中央より後方にあることで鑑別できます。

日本での分布

エキノコックスは日本では北海道に分布しています。

青森県のブタ3頭の肝臓から多包虫病巣が発見された事により、青森県への伝播が疑われました。
そして、家畜と野生動物を対象に検査が行われましたが、新たな感染動物は現在まで発見されていないそうです。

国内での発生状況

参照:https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/2019/03/469tt01.gif

エキノコックス症の国内での発生状況は上の表のようになっています。

国内では1999年から2018年末までに425例のエキノコックス症が報告されていますが、その95%以上が北海道での発生です。

単包条虫の発生もありますが、その半数以上が外国人で、それ以外の人のほとんどは海外の汚染地域に行った人でした。

参照:https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/2019/03/469r07f02.gif

上の図のように北海道での発生も増加傾向にありましたが、近年は年間の新規患者数が20人前後で推移しています。

また、北海道では毎年400頭前後のキツネが解剖されているそうですがおよそ40%もの個体が感染しているそうです。

エキノコックス侵入の歴史

↑↑島は実際の縮尺より大きめに書いています↑↑

エキノコックス症は昔から北海道に存在していたと考えられがちなのですが実は違います。
国内での最初の人の症例は1936年の小樽市在住の女性でした。

それより前にはこの病気は確認されていなかったのです。
それではエキノコックスはどのように日本に侵入したのでしょうか?

侵入の経緯が少し複雑なので上の地図を見ながら以下の経緯を読んでみてください!


1870年
セントローレンス島からベーリング島にキツネのエサとして野ネズミが運ばれる
キツネは毛皮をとるために人間に飼育されていました。

1916~1917年
ベーリング島からシムシル島にキツネが送られる

1924~1926年
シムシル島から礼文島に野ネズミの天敵としてキツネが送られる

それ以降
根室半島に周辺の島からキツネが侵入

後で説明しますが、エキノコックスは中間宿主としてネズミに、終宿主としてキツネやイヌなどのイヌ科動物に寄生します。

このように、人間が毛皮や害獣駆除のために運んできたキツネやネズミと共にエキノコックスが北海道に運ばれてきました

アラスカと北海道のエキノコックスのDNAを検査したところ見事に一致したそうです。

ちなみにこの章の冒頭で説明した、最初の感染者の女性は礼文島の出身だったそうです。

下の画像でもわかるように1980年代以降、根室の辺りから道内に急速に広まっていきます。

参照:https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/2019/03/469r07f01.gif

エキノコックスの生活環

終宿主はキツネやイヌなどのイヌ科動物です。

成虫は終宿主の小腸で発育し、糞便と共に虫卵を排出します。
終宿主が虫体を摂取してから虫卵を排出する期間(プレパテントピリオド)は約30日間です。

この虫卵を中間宿主(主にげっ歯類)が経口摂取します。
中間宿主の小腸において虫卵からふ化した幼虫は血流を介して肝臓に到達し、無性生殖により増殖して繁殖胞と原頭節を形成します。

多包虫を保有する中間宿主を終宿主が捕食すると、原頭節が終宿主の腸管粘膜に固着して成虫が発育します。

MEMO
人間や豚などの動物は生活環に入っていないので偶発的な中間宿主となっています。
そのため、包虫壁の形成が乏しく、原頭節の形成もあまり無いそうです。

感染経路

人間は虫卵に汚染された野菜や水を直接口にしたり、虫卵に汚染された手指を介して感染します。

人から人への感染はありません。

本州出身の僕は北海道に来てから「地面に落ちたものは食べるな!」とよく言われて不思議に思っていたのですがこういった理由だったんですね~

症状

人での症状

肝臓に形成される嚢胞は非常にゆっくりと成長するので感染から10年ほどは無症状に経過します

その後症状が現れ始め、肝機能障害や、肝腫大、腹痛などが見られます。
嚢胞が胆管を閉塞させた場合は、黄疸や腹水をもたらすこともあります。

エキノコックス症の1.0~1.5%で「脳包虫症」が確認されています。これは包虫が脳に寄生するというものです。脳での発育は非常に遅いとのことですが、発育すれば症状はもちろん重度になります。

脳のほかにも脊髄、肺、心臓、腎臓、骨髄腔への転移が知られています。

このように放っておくと命にもかかわることがあるので、身体に異常を感じたらすぐに病院に行きましょう。
もっともエキノコックスが原因とは露にも思わないでしょうが…

↑↑気づいたころにはこんなに大きなっていることも…↑↑
出典:https://web.stanford.edu/group/parasites/ParaSites2003/Echinococcus/Diagnostics%20&%20Treatment2.htm

イヌやキツネでの症状

イヌを飼っていいらっしゃる方はイヌでの症状が気になるのではないでしょうか?

エキノコックスの成虫は終宿主であるイヌやキツネの小腸粘膜に小鉤と吸盤で固着します。
多数が寄生すれば粘血便や水様性下痢を起こすことがありますが、一般的には無症状です

症状が出ないにしても飼い犬の糞を介して人に感染する恐れがあるのでイヌのエキノコックス対策は重要です!

治療法

外科的に病巣を切除することが基本的な治療方針です。

薬物療法ではアルベンダゾールが用いられていますが効果は一定しないそうです。

検査診断

北海道では各市町村でエキノコックスの検査を受けることができます。
値段も無料~数百円と非常にお手頃です。

北海道在住の方は数年に一回などのペースで定期的に検診してみてはいかがでしょうか?

札幌市
https://www.city.sapporo.jp/hokenjo/f1kansen/f07ekino.html

旭川市
https://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/kurashi/135/146/147/p004120.html

帯広市
https://www.city.obihiro.hokkaido.jp/hokenfukushibu/kenkousuishinka/a410202.html

予防法

  1. 外から帰ったら必ず手を洗う!
  2. キツネを餌付けしたり触ったりしない!
  3. キツネが近寄らないように生ごみは適切に処分する!
  4. 飼い犬が野ネズミを食べないように、放し飼いや公園で放さないようにする!
  5. 山菜は十分に加熱または水洗いしてから食べる!
  6. 沢水などの生の水を煮沸せずに飲まない!

エキノコックスを摂取しないことが最も重要です。
北海道在住の方や、旅行で道内に来られる方は上記のことを頭の片隅に入れておくようにしましょう。


年間の患者数は20人前後と少ないですが、恐ろしい病気であるということが分かりました。

感染に気が付いたときには肝臓で病巣がかなりの大きさになっている…というのは本当にゾッとしますね。

僕自身も気を付けて生活したいですし、北海道から離れる際は検査を受けてきたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

参考
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/338-echinococcus-intro.html
https://www.niid.go.jp/niid/ja/echinococcus-m/echinococcus-iasrtpc/8682-469t.html
https://www.niid.go.jp/niid/ja/allarticles/surveillance/2440-iasr/related-articles/related-articles-469/8691-469r07.html#:~:text=%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E3%81%AE%E6%B5%81%E8%A1%8C%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2,%E3%81%9F%E5%AF%84%E7%94%9F%E8%99%AB%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82
http://www.iph.pref.hokkaido.jp/topics/echinococcus1/echinococcus1-1.html
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/pdf/02-07-02.pdf
「エキノコックス症の知識と予防」 北海道保健福祉部
寄生虫病学 緑書房
獣医寄生虫学・寄生虫病学2 講談社サイエンティフィク