天然痘 ~人類が撲滅に成功した唯一の人の感染症~ 

天然痘」は紀元前から知られており、伝染力が非常に強く、治療をしないと致死率は30%程度にもなる恐ろしい感染症です。
また、治った場合でも顔に醜い痕が残ることから非常に厄介な病気でもありました。

しかし、種痘(天然痘ワクチン)の普及により、発生数は減少し1980年に根絶が宣言されました。
人類が撲滅に成功した唯一の感染症です。
(人以外なら牛疫も撲滅に成功)

今回は、撲滅の歴史も踏まえて、天然痘について書いていきたいと思います。

病原体

Poxvirus variolae(天然痘ウイルス)

このウイルスはポックスウイルス科、オルソポックスウイルス属に属するDNAウイルスです。
低温・乾燥に強いですが、アルコール、ホルマリン、紫外線で簡単に不活化されます。

病態

感染から12日間程度の潜伏期間を経て発症します。

前駆期では急激な発熱、頭痛、腰痛などで始まり、発熱は2~3日で40℃以上にも達します。

その次の発疹期では、発疹が紅斑→丘疹→水疱→膿疱→結痂→落屑と規則正しく進行。
発疹がこの病気の大きな特徴となっています。
発疹は顔面、頭部に多いですが、全身に見られます。

水疱性の発疹は水痘に類似していますが、水痘では各時期の発疹が混在して同時に見られるのに対して、天然痘ではその時期に見られる発疹はすべて同一であることが特徴です。

治癒する場合は2~3週間の経過で、色素沈着や瘢痕を残します。
痂疲が完全に脱落するまでは感染の可能性があり隔離の必要があります。

死亡率が平均20~50%と非常に高いです。
また、運よく生き延びたとしても「あばた」や失明が後遺症として残りました。

感染は飛沫感染、接触感染によります。
患者の剥がれ落ちたかさぶたでも、1年も感染させる力を持っており、とても感染力の強い病気です。

↑↑後遺症として顔に残る「あばた痕」↑↑

治療

天然痘の治療には特異的なものが無く対症療法が中心です。
しかし、ウイルス暴露後4日以内であればワクチン接種により軽症化または発病予防効果が期待されています。

ワクチン

天然痘の撲滅に成功したことからも分かるようにワクチン(種痘)の効果はかなり高いです。

しかし、副作用が問題でした。
ワクチン接種後には10~50万人に1人の割合で脳炎が発生し、死亡率は40%と非常に高かったそうです。

日本では1976年にそれまでに使用されていたものを改良したワクチンが千葉県で開発されたのですが、同年に日本政府が定期接種としての種痘を止めたため、実用には至りませんでした。

天然痘が根絶された今定期的に接種している国はありません。
しかし、バイオテロとして天然痘が使用される可能性があるため、多くの国はワクチンを備蓄しています。

ジェンナーの業績

イギリスの開業医エドワード・ジェンナーは1796年に天然痘の予防法として種痘を発明しました。

当時、乳牛で流行っていた牛痘に感染した乳搾りの女性は天然痘が感染しないということが分かっていました。
そこでジェンナーは乳搾りの女性にできた牛痘を、近所の8歳の少年と自分の子供の腕に傷をつけて接種させ、その6週間後に天然痘の膿を接種させました。

そしたら天然痘が発症しなかったことから、牛痘を元に種痘を開発しました。
ちなみにこれが人類初のワクチンです。
ワクチンという言葉もパスツールがジェンナーの業績を記念して、ラテン語で雌牛の意味である”veca”から付けられたそうです。

ジェンナーが種痘に使用したウイルスは?
ジェンナーは種痘に牛痘を使用しました。
この牛痘を痘苗として使用するために牛や馬で増やすのを何十年にもわたり繰り返してきました。
このウイルスはワクチンに使用されてきたということで「ワクチニアウイルス」と呼ばれるようになります。
しかし、現代の技術を用いて遺伝子解析を行うと、このワクチニアウイルスは牛痘ウイルスとは遺伝的にかなり異なることが分かりました。
なので、ジェンナーは種痘に2種類のウイルスを使用していたと推測されています。

流行の歴史

天然痘の発生は紀元前1万年前とされています。
現存する最古の証拠では、エジプトでおよそ3千年前に死んだラムセス5世のミイラから天然痘の痕跡が見つかっています。
(下の写真の頬の辺りに発疹が見られます。)

色んな地域で天然痘は発生していますが、最も甚大な被害が出たのはアメリカ大陸です。アメリカ大陸やオーストラリアは天然痘はもともとありませんでしたが、西洋の国の征服・植民地化の過程で外から持ち込まれ、免疫の全くなかった現地の人たちは大きな被害を受けました。

1521年のエルナン・コルテスによるアステカ帝国(現在のメキシコ)の征服の際には、天然痘が流行したことにより現地の人の戦意が喪失し敗北し、帝国が崩壊したとされています。

1553年のフランシスコ・ピサロによるインカ帝国(現在のペルー)征服の際も、戦闘が始まる前に天然痘が流行し人口の60~94%が死亡したと予想されています。
天然痘以外にもアメリカ大陸では、チフス、ジフテリア、インフルエンザなど多くの病気が海外から持ち込まれ流行していました。

1663年アメリカでは人口およそ4万人のインディアンの部落で流行し、数百人の生存者を残しそれ以外の人は全て亡くなりました。

ヨーロッパでも流行していました。
18世紀には毎年40万人もの人がヨーロッパで亡くなったとされ、視力を失った人の3分の1は天然痘が原因だったとされています。

20世紀の間だけで、推定3~5億人もの人が天然痘で亡くなったとされており、1950年代前半には毎年5千万もの症例が出ていたそうです。

日本での流行

日本には元々天然痘は無かったものの、渡来人が頻繁に来るようになった6世紀の半ばに最初の大流行があったとされています。
その後は日本各地で発生するようになり、720年に完成した「日本書紀」にも天然痘と思われる病気の記述があります。
奈良の大仏も天然痘の大流行がきっかけて作られました。

原因も治療法も分からないこの時代に出来ることは祈るぐらいです。
疱瘡神天然痘を擬神化した悪神で、疱瘡神除けの神事や行事が各地で行われていました。

疱瘡神は赤いものが苦手とされていました。
福島県の伝統的な玩具である「赤べこ」や、岐阜県飛騨地方の「さるぼぼ」などは天然痘除けを目的とされて作られたそうです。

明治時代には2~7万人程度の患者数の流行が6回発生しています。
第二次世界大戦後の1946年には1万8千人ほどの患者数の流行が見られ、およそ3000人が死亡していますがワクチンの緊急接種が行われて鎮静化され、1956年以降国内での発生はありません。

根絶までの道のり

①感染すれば必ず診断できること。
②その感染症を引き起こす病原体の自然宿主が人に限られていること。
③効果的で良いワクチンが存在すること。

上の3つは根絶できる感染症の条件です。
天然痘はこれらの条件を見事に満たしていました。

WHOの当初の作戦は全員への種痘でした。
しかし、人口の多い地域では95%の接種率でも流行は止められず、戸籍や住民票が無い地域も存在するのでなかなか困難だったそうです。

1966年にWHOはこのプログラムの再評価を行い、天然痘撲滅のために新たな予算を組み、翌年の1967年には天然痘根絶本部が設けられます。
当初リーダーはアメリカ人であったが途中から日本人の蟻田功がこのプロジェクトのリーダーを任されました。

アフリカ、ベナンでの視察から天然痘の感染は濃厚接触者に限られるということが分かり、全員接種から封じ込め作戦に進路変更をします。
天然痘の患者を見つけた人に懸賞を出し、患者を見つければその周りの人達に集中的に種痘を行いました。

これを繰り返し、懸賞金を1,10,100,1000ドルとあげていき1977年にソマリアで最後の発生が見られ、1979年にケニアのナイロビで天然痘の根絶が宣言されました。

 

バイオテロと天然痘

天然痘根絶後ウイルスはアメリカとソ連の2つの研究室にだけに保存されていました。

1990年代初頭にソ連が崩壊した際に経済が悪化し、研究者がお金を得るために生物兵器として保管されていた天然痘ウイルスを海外に売ったと言われていますが、その真実はいまだに不明のままだそうです。

天然痘は地球上から姿を消してから40年程度経過しているので、ほとんどの人が免疫を持たずバイオテロとして使用された場合の影響は計り知れません。

 

アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学が行った「暗い冬」と呼ばれるシミュレーションでは、アメリカの3都市に通常の天然痘をばらまくと、100万人が死ぬとの結果が出ています。
仮にそのウイルスが今までのワクチンに耐性を持って入れば、死者数はさらに増えます。

2001年7月にアメリカは天然痘のバイオテロのシミュレーションを行いました。
そしたら、偶然にもタイミングが重なり、その2カ月後に9・11が起きました。

これを受け2002年にブッシュ大統領は天然痘バイオテロに備えて希望者全員に種痘を実施する、という声明を出します。
大統領はTVで自ら種痘を受けるシーンを放送させ、その後兵士を中心に約60万人が種痘を受けました。
今では明らかですが、テロを起こしたグループは天然痘ウイルスを保持していませんでした。

天然痘に類似する動物感染症

天然痘に似ているサル痘は人にも時々感染し、2011年にはコンゴで患者114人、死亡5人が発生しました。

天然痘ウイルスはウイルスの系統樹からみてラクダから人に入った可能性が高いらしいのですが、2009年にインドで人がラクダ痘に感染した症例が報告されました。


天然痘は死亡率が高いうえに、失明・あばた顔などの後遺症が残るとても怖い病気であることが分かりました。

天然痘が無くなった後の世界に生まれることができて本当に僕たちは幸せだと思います。

ポリオと麻疹(はしか)も根絶がかなり近いらしいのですが、早く実現して欲しいですね。

しかし、1つの感染症を根絶してもまたすぐに新たなものが出てくると思います。
感染症との戦いは終わりがなく、常に全速力で走らなければなりません。立ち止まったらやられてしまいます。

感染症で苦しむ人が1人でも少なくなればいいなと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

天然痘もとても恐ろしい病気でしたが、人類史上最も死者が出た感染症を知っていますか?
それはペスト(黒死病)です。
下の記事に書いてあるので、ぜひ読んでみてください。

参考
・「戸田新細菌学」 吉田眞一 柳雄介 吉開泰信 南山堂
・「感染症の辞典」 国立感染症研究所 学友会 朝倉書店
・「人類と感染症の歴史ー未知なる恐怖を超えてー」 加藤茂孝 丸善出版
https://www.cdc.gov/smallpox/history/history.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%84%B6%E7%97%98

出典
・天然痘ウイルス
https://www.sciencemag.org/news/2017/07/how-canadian-researchers-reconstituted-extinct-poxvirus-100000-using-mail-order-dna
・天然痘患者
https://globalbiodefense.com/2019/09/30/why-do-we-need-a-new-smallpox-vaccine/
・あばた
https://www.wikiwand.com/ja/%E7%98%A2%E7%97%95
・エドワード・ジェンナー
http://www.med.akita-u.ac.jp/~doubutu/matsuda/kougi/JALASinOkayama/kougi/Jenner.html
・ラムセス5世
https://www.cdc.gov/smallpox/history/history.html
・ヨーロッパの人々と中米の人々
https://www.sciencemag.org/news/2015/06/how-europeans-brought-sickness-new-world#
・赤べこ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E3%81%B9%E3%81%93
・さるぼぼ
https://www.takayama-gh.com/hida/shopping/sarubobo.html
・CDC 天然痘根絶の経緯
https://www.cdc.gov/smallpox/history/history.html
・蟻田功
https://www.japanprize.jp/prize_past_1988_prize02.html
・アリ・マオ・マーラン
https://www.theatlantic.com/health/archive/2013/12/the-last-smallpox-patient-on-earth/282169/
・演説するブッシュ大統領
https://georgewbush-whitehouse.archives.gov/news/releases/2002/12/20021213-7.html