ヨーロッパの人口3分の1を死なせたペストとは

ヨーロッパの人口3分の1を死なせたペストとは

現在世界では新型コロナウイルス感染症が流行しており大変なことになっています。

しかし、歴史を振り返れば感染症の大流行は幾度も起こっていました。

今回はその中でも、最も死者を出したと推定されているペスト、またの名を黒死病について書いていきたいと思います。


病原体

Yersinia pestis

グラム陰性の卵円形の桿菌。
両極染色性で、芽胞と鞭毛を持ちません。
莢膜は無いですが、生体内あるいは37℃で培養すると、エンベロープが観察されます。
これがあることで食菌されにくくなっています。

エルシニア属には11菌種あり、ペスト菌に加えて、偽結核菌(Y. pseudotuberclosis)、腸炎エルシニア(Y. enterocolitica)が人に対して病原性を持ちます。

病態

ペストは臨床的に様々な様態を示し、いくつかの病態に分類されています。

腺ペスト

ノミに咬まれてから2~8日の潜伏期を経て発症。
短期間のうちに腋下や鼠径部のリンパ節が腫れて痛み、この病型の特徴となっています。
このリンパ節の腫れは「横痃(おうげん)」と呼ばれています。
死亡率は50%を超え、1週間程度で死亡します。

敗血症ペスト

特徴的な横痃(おうげん)が出現する前に、重度の敗血症を起こします。
敗血症となると皮膚に出血斑ができ、全身が黒くなって死亡します。
ペストのことを「黒死病(Black Death)と呼ぶのはこれが由来です。

肺ペスト

敗血症ペストで細菌が肺に伝播するか、肺ペスト患者のせきで飛んだペスト菌を吸い込むことで感染。
出血性肺炎を起こして血痰を出し、2~3日で死亡します。

髄膜炎ペスト

ペスト菌が髄膜に到達し、髄膜炎を起こす場合があります。

皮膚ペスト

まれにノミに刺された箇所の皮膚に感染が起こり、のう胞や潰瘍を作ります。

感染経路

本来はネズミの感染症で、ネズミ→ノミ→ネズミが本来のサイクル。

保菌動物であるげっ歯類(アメリカではリス、ウサギ、プレーリードッグなどの野生動物も)からノミの吸血を介して人に感染します。
人の大流行の際には、ネズミ→ノミ→ヒト→ノミ→ヒトと考えられており、ノミとヒトだけで感染が広がるとされています。

感染経路は以下の3通りに分かれます。

①ノミによる感染

ペスト菌にはコアグラーゼと呼ばれる血液を凝固させる作用のある酵素が含まれています。
感染したネズミの血液をノミが吸うと、ノミの胃の中で血液が凝固し、この凝固物が前胃を塞ぎ、この中でペスト菌は増殖します。

その結果ノミは栄養摂取することができなくなり、飢餓状態となり、普段よりも多くの吸血を行うように。
前胃がふさがれた状態で吸血が行われると、ペスト菌を含んだ血液が逆流し、ノミの咬み口から動物の体内に侵入し感染します。

ちなみに、前胃がふさがった状態でもノミは20~30日生き延びることができるとのことです。

②接触感染

感染動物の体液やその組織からの接触感染が知られています。
サウジアラビアでは感染したラクダの肝臓を生食したことにより、ペスト菌による咽頭炎を発症した例があったそうです。

③飛沫感染

肺ペスト患者のせきにはペスト菌が含まれているため、飛沫感染が発生します。

治療

抗菌療法と全身管理が治療の中心。
日本ではペスト菌への抗生物質として、ストレプトマイシンドキシサイクリンレボフロキサシンが承認されています。

ペスト医

ペスト医とはペスト患者を専門的に治療した医師のことです。
1619年に上の写真のような防護服がフランスで考案されました。

できるだけ肌を露出させないように、帽子、手袋、ブーツ、長いガウン、そして嘴のようなものが付いたマスクを着用していました。
患者に直接触れないようするために、手に持っている杖で患者を触っていたそうです。

特徴的な長い嘴の中にはミントやバラの花びらなどの香辛料を入れ、”悪い空気”からこれらのものが守ってくれると考えられていました。

流行の歴史

ペストは中近東から地中海沿岸を起源として全世界に広がり、累計で20億人以上の死者を出したと推定されています。
歴史上3回の大きな流行がありました。
ペスト菌には3種類の亜種が知られ、それぞれが3回の大流行の原因となりました。

ユスティニアヌスのペスト

541~543年に東ローマ帝国で発生。

エジプトからパレスチナ、そして東ローマ帝国の首都であったコンスタンチノープル(現在のトルコの都市イスタンブール)へと伝播しました。

コンスタンチノープルでは流行の最盛期には1日に5千人から1万人もの人が亡くなったとされ、東ローマ帝国の人口の40%が死亡したとされています。

その後イギリス諸島には547年、フランスには567年に侵入。発生の最初からおよそ60年ほどに渡り流行を続けました。

黒死病

「死の舞踏」 ミヒャエル・ヴォルゲムート

14世紀にヨーロッパで流行したペストは「黒死病」と呼ばれています。

最近の研究によると当時、キルギス北西部のイシククル湖周辺で蔓延しており、このイシククル湖はシルクロード上にあったため、ここを通過する人によってノミが付着した毛皮が運ばれ、中国、中東、ヨーロッパに感染が広がったとされています。

1334年にヨーロッパに先立ち中国でペストと考えられる大量死がありました。

そして、1347年にイタリアに到達し、その後ヨーロッパ全域に広がっていきました。

10~14世紀にかけて水車の利用、鉄の利用による農機具の性能の向上などにより、多くの食料を生産できるようになりヨーロッパの人口は一気に増えました。
しかし、人口が増えすぎたことと異常気象による不作で食糧危機が発生し、これにより人々が衰弱しているときにペストが到来したため、被害が大きくなる結果に。
少なくとも8,500万人が死亡したとされ、ヨーロッパの人口の3分の1以上が失われました。
人口を流行以前の大きさまでに戻すために200年かかったそうです。

上の写真の絵画「死の舞踏」はペストに加えて百年戦争中でもあり、死者が後を絶たなかった時代に、祈祷の最中や墓地での埋葬中に自然に人々が半狂乱になって倒れるまで踊り続けた様子を描いています。

最後の大流行

この流行は1855年に中国の雲南省で始まりました。
この地域ではイスラム教徒の清朝政府への反乱とそれに続いた難民の移動があり、それに伴ってペストが広がっていったと考えられています。

1894年には香港や広州で発生し、広州では8-10万人が死亡したとされています。
その後船に乗って世界中に広がっていき、1903-1921年の間に約1,000万人が犠牲になりました。

北里柴三郎とペスト

北里柴三郎という名前を聞いたことのある人も多いのではないでしょうか。
ペストの原因は長い間不明でしたが、3回目の中国から始まった大流行のなか、1894年にペスト菌が見つかり、その発見者が北里柴三郎でした。

また、その数日後にパスツール研究所の細菌学者であったスイス出身のアレクサンダー・エルサンも北里とは全く別に発見しました。

ペスト菌の名前「Yersinia pestis」はエルサンにちなんでいます。
北里はペスト菌を「グラム陽性、球菌」と、エルサンは「グラム陰性、桿菌」と発表し、エルサンの方が正しかったことから、先に発見した北里ではなくエルサンの名前で定着しています。

ペストの現状

ペストの大流行は1910年で終わったとされていますが、まだ発生は確認されています。

WHOによると2004~2015年の12年間で56,734症例あり、死者は4,651名(死亡率8.2%)であったとのことです。

これらの患者の86%はマダガスカル、コンゴ民主共和国、タンザニアなどのアフリカ諸国で、他にはペルー、ブラジルなどの南米、ベトナム、インド、ミャンマーなどのアジアで発生しています。


ペスト…大変恐ろしい感染症です。

今でこそ病気の原因を突き止める治療することができますが、当時原因も分からず、体が黒くなりバタバタ周りの人が死んでいくのをただ見守るしかできなかった人たちの恐怖は想像もできません。

この時代に生まれて本当に幸せだなと思うとともに、今健康に暮らせているのは北里柴三郎をはじめ多くの人の努力によるものだとしみじみ感じることができました。

コロナに関しては原因も予防法も分かっているので、1人1人が気を付けて早く収束させたいですね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

参考
・「戸田新細菌学」 吉田眞一 柳雄介 吉開泰信 南山堂
・「感染症の辞典」 国立感染症研究所 学友会 朝倉書店
・「人類と感染症の歴史ー未知なる恐怖を超えてー」 加藤茂孝 丸善出版
・https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/sa/bac-megingitis/392-encyclopedia/514-plague.html
・https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/011700018/

出典
・ペスト菌の写真
https://www.flickr.com/photos/139576941@N08/42308362705
・腺ペスト患者の写真
https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague
・敗血症ペスト患者の写真
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Acral_gangrene_of_digits_-bubonic_plague.jpg
・ペスト医の写真
https://en.wikipedia.org/wiki/Plague_doctor
・ユスティニアヌスのペストの写真
https://alchetron.com/Plague-of-Justinian
・死の舞踏
https://fee.org/articles/black-death-and-taxes/
・北里柴三郎の写真
https://www.kitasato.ac.jp/jp/kinen-shitsu/shibasaburo/lifetime.html

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