「ゼニガタアザラシ研究グループ」という唯一無二のサークル

大学1年から3年まで「ゼニガタアザラシ研究グループ」というサークルに所属しており、3年生のときには代表を務めていました。

この名前をだすとみんな「??」という顔をして大抵聞き直します。
今記事を読んでいる方もほとんどが、同じように思っているのではないでしょうか?

これがとてもユニークで素晴らしいサークルであり貴重な経験をたくさんすることができました。

今回記事にしてご紹介することで多くの人に知っていただけたらと思います。

記事中の活動は全てコロナが流行する前のものです。最近は残念ながらほとんど活動できていないようです。

ゼニガタアザラシとは?

アザラシといえば、ゴマフアザラシ!ゼニガタアザラシは知らない人の方が多いと思います。

ゼニガタアザラシは北海道で見られる5種のアザラシのうちの一つです。
体表面の銭形模様がこの名前の由来となっています。

日本では北海道の襟裳岬から道東にかけて生息しており、世界では北太平洋と北大西洋に広く生息します。
みなさんご存知のゴマフアザラシとの大きな違いは”定住性”であることです。

このアザラシはあまり回遊をせず同じところに住み続け岩礁の多い場所で出産と子育てを行います。

戦後に乱獲されたことで、1972年の研究者での調査では北海道の推定個体数は数百頭で絶滅寸前でした。

現在は、調査と保護が進み北海道の生息数は回復に向かっています。

その甲斐もあり、1998年には絶滅危惧ⅠB類だったのが、2015年には準絶滅危惧種にランク下げされました。

「ゼニ研」について

「ゼニガタアザラシ研究グループ」(以下ゼニ研)は帯広畜産大学のサークルの1つです。

ゼニガタアザラシが発見されたのは1942年のことで、60年代から70年代にかけて哺乳類研究グループの有志による海獣談話会によって調査が行われていました。

そんな時、現在は日本獣医生命科学大学の野生動物学研究室で教授を務めていらっしゃる羽山伸一先生が帯広畜産大学の学生であった頃、襟裳岬でのアザラシの調査に同行し、絶滅が心配されているこの動物に興味を持たれました。

そして、1982年に羽山先生が中心となり野生動物問題に興味を持つ学生が集まって立ち上げられたのが「ゼニガタアザラシ研究グループ」です。

この経緯は先生の著書である「野生動物問題への挑戦」に詳しく書かれています。

 

天然記念物指定の是非よりも、このアザラシを絶滅の淵から救い、被害に苦しむ漁師さんたちを救う手立てをつくらなければならない。しかし、なんの知識も経験もない私には、この難問の解決法など思い浮かぶはずもなかった。それでもなんとかしなければならないと思い、大学で同志を募って研究会を立ち上げることにした。

野生動物問題への挑戦

結成からおよそ40年経つ今でも調査は続けられており、部員の数も最近はとても多くなってきています。

しかもここ数年は獣医学生の数も多くなってきており、僕としても非常に嬉しい気持ちです。

このサークルでの経験を活かして、後輩たちも将来野生動物に関わる分野で活躍していってもらえたらなと感じています。

活動内容

ゼニ研の活動は大きく、「個体数調査(センサス)」、「捕獲調査」、「普及啓発活動」の3つに分けることができます。

個体数調査(センサス)

これがメインの活動です。ゼニ研ができた1982年から35年以上継続して行われていますが、コロナが流行ってからは満足なセンサスができていないようです。

調査はGW期、繁殖期(6月)、換毛期(8月)、秋期(9月)の年に4回行われます。
それぞれ各3-7日程度です。

ちなみに、これほどの努力量でこのアザラシの調査を行っているのは世界でもゼニ研だけらしいです。

調査地は道東の10箇所ほどにあり、1つの調査地につき2~4人の部員が担当します。

調査地は鳥獣保護区や私有地ですが、行政や地主さんに許可をもらってから現地に赴いてました。

同じサークルの仲間たちが、道東の沿岸に散らばって同じ時間に、同じ動物を数えていると思うと非常に大きなことをしている思いがしました。

 

調査は朝に行います。

ゼニガタアザラシは岩礁性といい岩の上で休む種類であるため、海岸沿いのポイントで岩場を観察して数をカウントします。

ポイントのほとんどは下のイラストのように「崖」です。

一歩(は言い過ぎだけど”数歩”)踏み外すと数十メートル落下して海に真っ逆さま、なんて場所も多く存在します。

場所によっては念の為ロープを利用して降りていくなどして、安全には十分配慮していました。

干潮のときに岩場が最も露出し、アザラシの上陸頭数も最大になることが多いので、毎日少なくとも干潮時刻の前後2時間の計4時間で30分おきに頭数を数えます。

調査では主に望遠鏡を使用しますが、岩場が近いポイントでは双眼鏡でも十分にカウントが可能です。

しかし、そのような場所では人間が大きく動いてしまうと、臆病なアザラシたちが海に逃げてしまうので調査中はじっとしなければなりませんでした。

僕たちは岩に名前をつけており、どの岩に何頭いたかを確認して野帳にメモします。

調査が全て終わったら、それぞれの調査地の最大頭数を合計して、その調査で最大何頭確認できたかを結果としてまとめます。

ゼニ研の調査結果は共同研究として学会や論文発表したり、環境省の方に活用していただいたこともありました。

 

個体数調査がどのような方法で行われているかについてご説明しました。

次にセンサス生活について書いていきたいと思います。

1回の調査は3~7日間です。この間、僕たちはどのようにして生活していたのでしょうか?

調査地は、海岸沿い(ビーチではなく崖)、無人島、岬なのですが、ほとんどの場所が人里離れた場所にあり、中には車で乗り込めないところもあります。

そのため調査中はずっとテント生活です。もちろんキャンプ場ではなく、野営です。

上でも述べたようにテントを張る場所に立ち入る際は予め役所に申請を行なっており、調査地の自然や生き物に人間の影響が出ないように許可に準じて生活しています。

調査のときはテント、寝袋、調理器具とともに、調査期間中の食材と水をもちこんでサバイバル生活をしています。

陸地であれば途中で買い出しに行くこともできるのですが、無人島の場合は調査終了まで船の迎えがないので本当に油断はできません。

野営であるため、電気や水道はありません。

緊急時などの連絡手段としてスマホは持っているのですが、充電できないため満足に使うことができず、モバイルバッテリーを持っていっても不安でした、、

水はポリタンクに入れて持って行き、トイレは穴を掘って行い、お風呂にもずっと入れませんでした。

そのため調査最終日に近づくにつれて次第に臭くなっていきましたね笑

調査が終わるとまず行くのは温泉でしたが、シャワー浴びるとまるで生まれ変わったかのような感じがしました笑

こんな環境で毎朝明るくなる前に起床して、アザラシの調査を行っていました。

今思うとよくやっていたなと思います。

こんな経験があったからこそ、留学中にアフリカとかでも特段困ることなく生活できたのだと思います。

捕獲調査

年に一度、地元の漁業者を中心としたアザラシとの共存を考える「えりも・シール・クラブ」と一緒にゼニガタアザラシの身体計測などを行う調査です。

ゼニガタアザラシの生態調査では、体表面の模様による個体識別が使われてきました。

しかし、アザラシとの距離が長い襟裳岬では斑紋による識別が困難であったことから標識づけを行うことにしました。

これが捕獲調査の始まりだそうです。

元々はゼニ研が主導で行っていたそうですが、最近は他大学の研究に同行させていただくという形になっており血液採取や発信機の装着なども行うようになりました。

また長時間アザラシを拘束することは非常にストレスなので、短時間に終わるようにしなければなりません。もちろん動物福祉の規定に準じて実施しています。

このような理由で、捕獲調査に参加するメンバーは1ヶ月以上前からぬいぐるみを用いて入念に練習し、本番の流れを頭の中にしっかり入れておきます。

残念ながら僕はテストなどと毎回被り、1回も参加することができませんでした、、、

(※:野生動物の捕獲には環境省の許可が必要ですが、これも許可をとって行なっております。)

 

普及啓発活動

ゼニガタアザラシは世間一般にはあまり知られておらず、その個体数が減少した原因は主に人間にありました。

生態を伝えることに加え、人間と野生動物の関係を踏まえた環境教育を行うために「出張授業」なるものを行っています。

過去に、小学校と動物園で行いました。

小学校にはアザラシの毛皮や、赤ちゃんの重さを模したバケツ、ペーパークラフトなどを持っていくことで、あまり堅苦しくない講演になるように工夫していました。

僕は小学校の方には参加したことはないのですが、話を聞く限り生徒のみんなはとても興味津々な様子で参加しており、大変好評だったようです。

動物園では、アザラシの展示スペースまえでの標本や毛皮の展示、部屋を借りてのゼニガタアザラシと野生動物問題に関する講演、の2つを行いました。

アザラシの毛皮や骨を展示し、クイズを用意することで大人から子供まで楽しみながら学べるように工夫をしました。

ただアザラシの骨を展示するだけでなく、他の動物と比較させたら面白いのではと考え、大学の解剖学研究室の先生から、牛、ヒグマ、犬の頭蓋骨と上腕骨をお借りして一緒に展示しました。

イベントの前は骨などを見ると怖がってしまう人がいるのでは無いかと不安でしたが、これが非常に好評で僕の心配は杞憂に終わりました。

講演は、「ゼニ研について」「ゼニガタアザラシについて」「ゼニガタアザラシと人との関わり」の3つを柱に行いました。

子供からご年配の方まで参加していただき、3回の開催で50名以上の方にご参加いただきました。

また、講演後にアンケートを行うことで、ゼニガタアザラシに対する一般の方の理解や、次のイベントに向けての反省点などを知ることができました。

普段野生動物に関わらない多くの人の理解と協力を得ることが、野生動物問題を解決する上で最も大切なことだと考えており、(どこで働くかは分かりませんが)将来もいろいろな形で行っていきたいです。

なので、学生時代にこのような経験をすることができて本当に良かったと思います。

他にも

これらの他にも、朝早くに漁師さんと船に乗って定置網漁に同行したり、北海道の他大学の野生動物関連サークルの人たちと活動の報告会をしたりなど、いろいろなことを行いました。

様々なところから野生動物の調査や観察などのお誘いが多々あり、熱心な人であればサークルの外でも多くの経験をしていました。

MEMO
ゼニガタアザラシは定置網中のサケを食べるなどして漁業被害を出し、これが大きな問題となっています。定置網漁見学では実際に船に乗ることで、”害獣”というアザラシの側面を自分の目で確認することができました。

ゼニ研に入って良かったと思うこと

①野生動物調査の経験

人里離れた場所でテント生活をしながらアザラシを数え、結果をまとめて報告する。

大学のサークル活動でこれほど本格的に野生動物の調査を行っているところはあまり多くないのではないでしょうか。

学生のうちからこのような調査に参加することができ、とても幸運だと思いました。

野生動物に関する仕事につきたい人にとっては、非常に貴重で将来に活かすことのできる経験だと思います。

②多くの出会い

ゼニ研に所属していることで、野生動物に関わるさまざまな人とお会いすることができました。

特にえりも岬では、長年アザラシとの関係改善に取り組んできた漁師さんや、環境省のレンジャーさんとお話しできる機会が多くありました

このような人たちと、継続的に関わり合いをもつことができて、学校や本では学ぶことのできない色々なことを勉強させてもらいました。

③アウトドア慣れ

無人島や秘境で数日間サバイバルをする。こんなサークルも多くはないでしょう。

テント生活の基本はもちろんのこと、クマ対策や野外でのトイレの仕方まで、多くのことを学ぶことができました。

茂みに分け入って行ったり、虫が多くいたり、汚い格好で長時間過ごすというのも慣れが必要なものなので、学生のうちにどっぷりとこのような環境に身を置くことができて良かったと思いました。

海から登る朝日や、星空など景色が綺麗なんですよね〜


奇抜な名前で、たまに冗談かと勘違いされる「ゼニガタアザラシ研究グループ」。

大学自体あまり有名ではありませんし、こういったサークルがあると知っている人は非常に少ないと思います。

そもそも学内でも活動内容はあまり知られていないようで、、、

記事を読んでくださった方は、意外と真面目な活動をしているサークルで名前とのギャップに驚いたのではないでしょうか笑

志望校を考えている高校生や、サークル選びに悩んでいる新入生の目にこの記事が留まって入部を考えてくれたら嬉しいですね!

最後まで読んでいただきありがとうございました!

ちなみに記事中で紹介した羽山先生の本のリンクを下に貼りました。

ゼニガタアザラシ以外にも、日本の多くの野生動物問題を取り扱っており、海外の事例を取り上げて日本と比較している点もとても面白かったです。

おすすめです!