パンダ学 〜独特なのは見た目だけじゃない〜

先日微生物の本を読んでいたところ、「パンダはクマの仲間なのに、草食となったのは腸内細菌のおかげ」のような文を目にしました。

確かになぜ笹しか食べなくなったのでしょうか。そしてどのようにして笹から栄養を得ているのでしょうか。

腸内細菌に加え、指や頭蓋骨についても調べてみました。

と思って記事を書いていたら、偶然にも上野動物園でパンダの双子が生まれたそうですね!すごい偶然!

パンダの分類と進化

ジャイアントパンダ(Ailuropoda melanoleuca)は食肉目、クマ科に分類される動物です。

食肉目には、クマに加え、イヌ、ネコ、トラのような容易に想像できるような「肉食動物」に加え、アザラシやアシカのような海の動物も含まれます。

クマも最初は完全なる肉食だったと考えられますが、いまだに完全なる肉食であるホッキョクグマを除き、進化の過程で多くの種が雑食にも適応しました。

しかし、パンダはさらに先を行き、「肉たべるのやーめた」となってしまい完全なる草食となりました。

頭蓋骨の変化

パンダの祖先であるA. microtaの頭蓋骨のCT。およそ200万年前のもの。背側の副鼻腔(dps)がよく発達していることがわかる。 (Changsu Jin et al., 2007)

肉を食べるのをやめてしまい、笹しか利用しなくなったパンダですが、今までと同じような形態では到底やっていけません。

そこで大きく変化させたのは頭部です。

パンダの頭蓋骨・歯には他の食肉目の動物と比べて以下のような特徴があります。

  • 臼歯の接着面の増加
  • 副鼻腔と頭蓋骨後方の発達
  • 顎関節の肥大
  • 頭蓋骨の縫合の癒合
  • 骨の厚みの増加

臼歯同士がぶつかり合う面が増えることで、笹のような頑丈な繊維性の草をすりつぶせるようになりました。

2個目の特徴には非常に驚かされました。なんとパンダの頭蓋骨背側の副鼻腔は食肉目の中で一番発達しているそうです。

もちろんこれにはちゃんとした理由があります。

副鼻腔が発達したことで頭蓋骨の表面積が増え、これにより咀嚼に必要な側頭筋がより多く付着できるようになりました。

副鼻腔と咀嚼がこのように関わっていると知り非常に驚きました。

下から3つの特徴も、すべて力強い咀嚼を行うことができるように発達したものです。

パンダはこのように頭部の形態を変化させることで、笹のような植物を利用できるようになりました

中国、広西省の洞窟である”Jinyin cave”で見つかった、Ailuropoda microtaは、見つかった中で最古のパンダの祖先であると考えられています。

中国南部に200~240万年前に生息していたと考えられているこの種の頭蓋骨にも、上で挙げたような特徴が見られました。

パンダが笹を食べているのも”にわか”では無いんですね〜

パンダの指は7本!?

パンダの前肢(左)と後肢(右)の手のスケッチ (D. Dwight Davis, “The Giant Panda.” Fieldiana: Zoology Memoirs, 1964)

皆さんは何本の指を持っていますか?手も足も5本ずつだと思います。

動物により指の本数は異なりますが退化や癒合して少なくなることはあっても、5本より多い指を持つ動物は聞いたことがありません。

しかしパンダの手のひらを見てみると、指とは別に2つの突起があるではないですか!

これらは「擬似親指」と呼ばれ、パンダが6本や7本の指を持つと言われる所以となっています。

パンダが笹の枝をつかむメカニズム (Hideki Endo et al., 1999)

手の親指側にある突起は「種子骨」で、小指側にある突起は「副手根骨」と呼ばれる骨です。

これらの骨は他の動物にも存在しますが、非常に小さいです。

上の図の(a)、(b)のように、手を開いている時は種子骨と副手根骨は異なる方向に伸びています。

しかし(c)を見てみると、手を握るとこれらの骨は平行となり、「指骨」と「中手骨」と三角形のような構造を形成することがわかります。

最後に(d)を見てください。

矢印が指している三角形は筋肉を表しており、中手骨と種子骨の間と、副手根骨と中手骨の間に存在していることがわかります。

ユニークな手の骨格とその間に存在する筋肉によって、手の内側と外側にペンチのような構造を形成することができ、器用に笹の枝を持つことができると考えられています。

人間やサルも枝を掴めますが、これは「母指対向性」によるものです。

親指を他の指と離して、向かい合わせにすることで樹上生活に適応しました。

パンダは主に地上で生活するので親指の位置まで変化させる必要はきっとなかったのでしょう。

「笹の枝を掴むだけだから母指対向性にする必要はないんだよな〜。手首に小さい骨があるけど、これを発達させて指みたいにしたらいいのでは、、、?」

数百万年におけるパンダの進化史において、このような会話がパンダの遺伝子同士で交わされていたのではないでしょうか。

発見したのは日本人
「第7の指」である副手根骨を発見したのは遠藤秀紀先生。現在東京大学の教授を務められている獣医博士です。他にも多くの動物を研究なさっています。

中途半端な腸管

パンダの腸のスケッチ (D. Dwight Davis, “The Giant Panda.” Fieldiana: Zoology Memoirs, 1964)

多くの草食動物は腸を長くします。これは、食べ物の滞留時間を長くし微生物による分解の時間を確保して、より多くの栄養を吸収できるようにするためです。

例えば、牛や羊であれば体長のおよそ20-25倍程度の腸管を持ちます。

パンダも草食に変化したので、さぞかし長い腸管をお持ちのことでしょう。

下の画像は各動物の、腸の長さと体長の比を表したものです。

パンダは他の草食動物と比較して、体長あたりの腸の長さが短いことがよく分かります。

それどころか、雑食であるクマにも負けているではありませんか!

肉食動物である、オオカミやアライグマとほぼ同じ値となっています。

このことから、パンダはいまだに典型的な肉食動物の消化管を持っており、腸管は短いままであると言えます。

また、肉食動物が消化に必要とする酵素はすべて持っていますが、セルロースの消化に必要な酵素は持っていません。

それではパンダは何を変化させたのでしょうか。

冒頭で述べたように、パンダの腸内細菌が笹を分解しているのではないかと長年考えられていました。

パンダの腸内細菌を調べた研究はたくさんあるので、そのうちの1つをご紹介します。

パンダの腸内細菌の割合 (Zhengsheng Xue et al., 2015)

草食動物の腸内にはRuminococcaceae(ルミノコッカス属)のような植物の繊維を分解することができる細菌や、Bacteroides(バクテロイデス属)と呼ばれる細菌が多く存在します。

研究者たちは、笹を食べるパンダでもこれらの細菌が多くの割合を占めると考えていましたが、調べてみるとほとんど持っていないことがわかりました。

その代わりに、上の図でも明らかなように、Escherichia/Shigella(赤)と、青のStreptococcus(青)多数を占めていることがわかりますが、これらの細菌は食物繊維を分解するわけではありません。

再度、円グラフに目を転じてみるとクロストリジウム族の細菌も豊富であることがわかります(緑)。

クロストリジウム属の細菌の中には、他の動物には存在せずパンダしか保有していない種類もあるためこれらが食物繊維を分解しているのでは無いかと予想されていました。

しかし、研究を進めると既に知られているセルロース分解性を有する細菌の系統とも関係がなく、笹の分解には役に立っていないことがわかりました。

パンダのフンを調べてみると、パンダの腸内細菌がセルロース分解性を示す証拠が一応は見つかったそうですが、その低い消化性からパンダは笹の細胞壁ではなく、細胞の内容物を主に利用しているのではないかと考えられています

パンダと他の食肉目の腸内細菌の種数の比較 (Wei Guo et al., 2020)

上の図は、肉食動物の腸内細菌の種類の数を比較したものです。縦軸の単位のOTUは菌種の数とお考えください。

「パンダは草食なので他の肉食動物よりは腸内細菌が豊富だろう」と考えたくなりますが、猫よりも多様性に欠ける腸内環境だったのです。

パンダの横にはレッサーパンダのデータがありますが、こちらも非常に少ない菌種です。

パンダは食事の99%が笹なのですが、同じものを食べ続けると腸内細菌の種類も減ってしまうんですね。

僕も最近は同じようなものばかり食べているので、気をつけなければ、、、

以上で見てきたように、パンダの腸は、長さは肉食の時のまま、消化酵素を発達させるわけでもなく、腸内細菌も草食動物に似せるわけでもなくむしろ他の肉食動物より多様性に欠ける、という非常に残念なことになっていることが分かりました。

このため、最大でも17%しか食べ物を消化できないそうです。

あれだけ大きな体です。こんなに非効率な食事をしていたらエネルギーが不足するのは目に見えています。

パンダはどのような策を講じているのでしょうか。

省エネルギー作戦

哺乳類の体重と消費エネルギー量にはおおよその相関があります。

しかし、パンダの消費エネルギー量を調べた結果、体重から予想される値の37.7%しかないことが分かりました。

ナマケモノの値は36%なので、パンダとナマケモノは消費エネルギー量という観点でかなり似ていることが分かります。

パンダのような大きくて、冬眠や”冬ごもり”を行わない動物がこのような少ないエネルギーしか消費しないのは驚くべきことであるそうです。

実際、体重と消費エネルギーの割合は哺乳類よりも、爬虫類に近いとのこと。

パンダは、この限られたエネルギーを大切に使うためにどのような工夫を凝らしているのでしょうか。

まず初めに考えられるのは、活動量を減らすことです。

皆さんも、外で運動している時よりも、部屋でじっとしている時の方がお腹が減るのが遅いと思います。

パンダの場合、飼育下では33%、野生下では49%の時間しか活動しておらず、これは他のクマと比べて低い値です。

また、野生下では移動時間も非常にゆっくりであるため、ここでもエネルギーを節約していると考えられています。

パンダと他の哺乳類の表面温度の比較 (Yonggang Nie et al., 2015)

研究者たちは、パンダの厚い毛が体温の放出を防ぎ、それによりエネルギーの消費を少なくしているのではないかと言う仮説を立てました。

上の図は、パンダ、シマウマ、ウシ、ダルメシアンの体表温度を測定した実験の結果です。

比較対象となる動物は、パンダと同じように白黒の模様をもつものが選ばれました。

サーモグラフィーの画像は分かりづらいのでグラフを見てみましょう。

青は気温が4℃以下の時のもの、赤は10℃の時のもので、箱の長さは範囲を、赤い線は平均値を表します。

結果を見ると、パンダの体表温度が非常に低いことがわかるかと思います。

体温が高いのに、体表温度が低いと言うことは、体温の外への放出が少ないと言うことです。

つまり、厚い毛によって体温(エネルギー)の放出を防いでいるという説が裏付けられました。

大型の哺乳動物において、基礎代謝量は1日の消費エネルギーのうちの多くを占めます。

パンダは他の哺乳類と比較して、脳・肝臓・腎臓が小さいということが分かりました(それぞれ予想される重量の87.5%、62.8%、74.5%)。

このような臓器のサイズの縮小が、基礎代謝量を下げる要因になっていると考えられます。

基礎代謝量は甲状腺ホルモン(T4,T3)の影響も大きく受けます。

パンダの甲状腺ホルモンを計測したところ、体重から予想される量のT4は46.9%、T3は64%しかありませんでした

そこで、研究者たちは甲状腺ホルモンの合成にかかわる遺伝子をパンダと他の動物で比較しました。

多くの遺伝子において目立った変化は認められませんでしたが、DUOX2という酵素の遺伝子が他の動物と比較して変異しているということを突き止めました。

甲状腺ホルモンが生成される経路の最終ステップに不可欠な過酸化水素の生成を促す酵素がDUOX2です。

この遺伝子の塩基が変異しているため、他の哺乳類と比較して不完全なDUOX2が現れることになり、甲状腺ホルモンの産生が抑制されることになります。

この甲状腺ホルモンの少なさが、基礎代謝量を下げ消費エネルギーを少なくしています。

そもそも何で笹食べてるの…?

結論から先に言うと、まだ正確にはわかっていないそうです。

しかし、パンダは旨味受容体を構成する遺伝子を欠損しているため、旨味を感じることができず、それにより肉を食べるのをやめたという説がありました。

ところがこの説は以下の3つの理由から否定されています。

  1. 旨味が感じられなくったとしても、それによって肉よりも栄養が非常に低い笹に切り替えたとは考えにくい
  2. パンダが旨味を感じられなくなったのは420万年前とされているが、700万年前にはすでに笹を食べていた
  3. 牛や馬のような草食動物でも同一遺伝子は持っているので、餌の味だけが食事の選択理由にはならない

以上のことから、旨味を感じられなくなったのは、”原因”ではなく、笹を食べ始めたことによって生じた”結果”であると考えられています。

他の研究者たちは、パンダが笹を食べ始めたのは食欲を満たすことと関係があるのではないかと考え、研究グループは食欲に関わる物質や、それらを代謝する酵素の遺伝子について調べることにしました。

すると、パンダではCOMTと呼ばれるドーパミンを分解する酵素の構造が変化しており、他の哺乳類と比較して機能が下がっていることがわかりました。

ドーパミンは食べ物を食べると放出される物質で、脳に働きかけてさらに食欲がでてきます。

つまり、COMTの機能が下がっているパンダでは、ドーパミンの代謝が低く、常に食欲が亢進している状態となっています。

この食欲を満たすために、大量の笹を食べているのではないかと、この研究グループは考察してました。

個人的には、これも笹を食べ始めたことによる”結果”ではないかと思いますが、、 

最近では、「生息環境に笹が豊富にあり、他に競合する動物もいなかったので食べ始めた」という説が有力なようです。


パンダは見た目がユニークな動物ですが、よくよく調べてみると解剖学的にも、生理学的にも非常に特徴のある動物であると言うことが分かりました。

2016年には多くの方の努力のおかげで、IUCNの「レッドリスト」で、絶滅危惧種(endangered)から危急種(vulnerable)に絶滅器具のランクが引き下げられました。

もちろん油断はできませんが、とりあえず安心です。

どれだけ奇妙で非効率的な動物であるにしても、すべての動物は進化の過程を経て生み出された「地球の遺産」です。

そのため、絶滅の原因となっている人間がそれに歯止めをかけるのは当然のことだと思います。

後世の人たちがパンダを見れるようにも、みんなで協力して保護していきたいですね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

【参考文献】
・Changzhu Jin, Russell L. Ciochon, Wei Dong, Robert M. Hunt Jr, Jinyi Liu, Marc Jaeger, and Qizhi Zhu(2007) The first skull of the earliest giant panda PNAS 104(26)10932-10937
・Hideki Endo, Daishiro Yamagiwa, Yoshihiro Hayashi, Hiroshi Koie, Yoshiki Yamaya & Junpei Kimura(1999)Role of the giant panda’s ‘pseudo-thumb’ Nature volume 397, pages309–310
・Zhengsheng Xue, Wenping Zhang, Linghua Wang, Rong Hou, Menghui Zhang, Lisong Fei, Xiaojun Zhang, , He Huang, Laura C. Bridgewater, Yi Jiang, Chenglin Jiang, Liping Zhao, Xiaoyan Pang, and Zhihe Zhang(2015) The Bamboo-Eating Giant Panda Harbors a Carnivore-Like Gut Microbiota, with Excessive Seasonal Variations ASM Journals mBio Vol.6, No.3
・Wei Guo, Yinfeng Chen, Chengdong Wang, Ruihong Ning, Bo Zeng, Jingsi Tang, Caiwu Li, Mingwang Zhang, Yan Li, Qingyong Ni, Xueqin Ni, Hemin Zhang, Desheng li, Jiangchao Zhao, Ying Li(2020) The carnivorous digestive system and bamboo diet of giant pandas may shape their low gut bacterial diversity Conservation Physiology, Volume 8, Issue 1, 2020, coz104
・Ke Jin,Chenyi Xue,Xiaoli Wu,Jinyi Qian,Yong Zhu,Zhen Yang,Takahiro Yonezawa,M. James C. Crabbe,Ying Cao,Masami Hasegawa,Yang Zhong ,Yufang Zheng(2011) Why Does the Giant Panda Eat Bamboo? A Comparative Analysis of Appetite-Reward-Related Genes among Mammals PLoS ONE Volume 6 Issue 7