水俣病から何を学ぶか

水俣病から何を学ぶか

差別と偏見

水俣病が発生した当初は原因が分からず、「タタリ」「伝染病」と誤解され、地域から孤立することもありました。仕事をやめさせられたり、子供の就職や結婚にまで影響することもありました。

また、患者申請をして棄却されたときは「ニセ患者」と中傷され、認定されると補償金をもらえることから「金目的」などと揶揄されることもありました。こうした差別を恐れて多くの人が水俣病であることを隠していたと考えられます。

このように水俣病は体だけでなく心にも多くの傷跡を残していきました。

漁業への影響

水俣病が公表されると、水俣病の発生地域で捕れた魚というだけで売れなくなり敬遠されました。

これらの地域では捕っても売れないので捕らなくなり、新潟県の阿賀野川周辺では遡上魚は約23%、川魚では約66%も漁獲高が減少しました。
1965年には新潟県から漁業組合に対して、阿賀野川下流域での漁獲規制などが適用されました。

1978年に阿賀野川の安全宣言があるまで食用制限は続けられました。

水俣病の発生以来新潟県は川魚の総水銀値とメチル水銀値を計測してきましたが1994年以降は基準値を超える個体は見つかっていません。

その地域から水俣病患者が出ると魚が売れなくなることから、地域ぐるみで水俣病隠しを行った漁民たちもいました。

新潟県での被害者たちの戦い

水俣病の被害者たちは補償と救済を求めて訴訟を起こしました。
1965年に発生し、1967年に新潟水俣弁護団が結成されました。

―第1次訴訟―
・概要
患者77人が昭和電工に約5億3,000万円の損害賠償を求めました。

・判決
阿賀野川に発生した水銀中毒は昭和電工に過失があるとの判決で、総額2億7,000千万円の賠償金を手に入れることができました。

―補償協定の締結―
第1次訴訟の後水俣病の被害はますますの広がり、認定患者が300人を超えました。
賠償金が低額であったこと、再発を防止することなどから被害者たちは統一要求をまとめ昭和電工に対して直接交渉することにしました。

被害者らは署名活動などに取り組み、十数回の交渉を経て1973年に補償協定が結ばれました。

その協定により認定患者に対する一次補償金、年金給付、医療給付などを手に入れることができました。

―第2次訴訟―
・概要
1982年に国の基準で水俣病と認められなかった患者94人が国と昭和電工を相手に損害賠償を求める訴訟を起こしました。1989年の8陣までの提訴により234人が51億4,800万円の損害賠償を求めるものとなりました。

・判決
第1陣を分離した1992年の判決では88人が水俣病患者として認められ、5億7,800万円の損害賠償を得ることができましたが、国の責任については認められませんでした。

昭和電工と原告の両者がこれに控訴し、裁判は長引いていきました。

早期解決のため与党3党から最終解決案が提示され、この内容を踏まえて1995年に被害者団体と昭和電工の間で解決協定が結ばれました。

裁判所の判決までに10年、政治解決による和解までに13年半の年月を要し、この間に43人もの原告が亡くなりました。

体が麻痺していてつらいと思われる中、13年も戦い続けた患者の皆さんのご苦労は想像することができません。しかも平均年齢もおよそ60歳と皆さんご高齢でした。運動の最中は差別を恐れて、裁判で争っていることを周りに知られないために、途中で着替えたり、最寄りでないバス停から乗ったりしていたそうです。

水俣病は過去の問題ではありません

工場がメチル水銀を処理せずにそのまま川に流すことはなくなったため、新しい被害者は発生しません。

しかし、今でもこの病気で苦しんでいる人たちはたくさんいます。損害賠償や認定を求める裁判は今でも続いており、今月(2020年3月)にも胎児・幼少期にメチル水銀に汚染されたとして8人が国・熊本県・原因企業に損害賠償を認めた訴訟がありました。残念ながら敗訴となりましたがこのように患者さんたちの戦いは続いています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/591766/


最後に

水俣病は経済発展を優先させ、他のことを顧みていなかったために引き起こされました。

しかし、地元の人たちを始め日本全体がこれらの工場の恩恵を受けていたことも確かです。

いま私たちがこのように豊かな生活を送ることができているのも、このような工場による経済発展があったからといえると思います。

水俣病を教訓として私たちは何を学ぶことができるのでしょうか。

現代社会はとても快適ですがこれを維持するためにかなり地球に負担をかけています。

水俣病では人間に害は無いと思って川に流した排水が食物連鎖を通して最終的に人間に牙をむきました。

普段の生活では意識されないことですが、私たちも自然の中の一部で他の生き物たちと同様に地球に生きていいることを水俣病は思い知らせてくれるのではないでしょうか。

地球温暖化を始め、森林伐採、プラスチックの海洋汚染などの環境問題があります。

プラスチックに関していえば、毎年およそ800万トンが海に流れていると推計されており2050年には世界の海のプラスチックごみの重量が魚を上回るとされています。

海の動物にはもうすでに被害が出始めています。胃がプラスチックで埋め尽くされた海鳥やクジラの写真を見たことのある人もいるのではないでしょうか。

もちろん人間にも影響はあります。海に流れていったものが細かくなり魚など海の生き物に取り込まれ、それを食べている私たちは週に5gものプラスチックを摂取しているそうです。

これはクレジットカード1枚分に相当します。まだ目に見えて健康被害はでていませんが、私たちが無責任に海に流しているプラスチックが徐々に体を蝕んできていると思います。

水俣病のような悲劇を二度と起こさないためにも、私たちは自然を「利用」するのではなく、自然に生かされていることを自覚し自然と「共生」していくことを心に留めておかなければならないと思います。

日本で発生した水俣病を通じて私たちの身勝手な経済活動がどのような結果をもたらすのかということについて考えていただけたなら幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

40分ほどある動画ですが、良くまとまっています

参考
「新潟水俣病のあらまし」 2016年 新潟県
http://nimd.env.go.jp/archives/tenji/a_corner/a03.html
http://www.soshisha.org/jp/about_md/ma_situation/%E6%B0%B4%E4%BF%A3%E7%97%85%E8%AA%8D%E5%AE%9A%E5%AF%A9%E6%9F%BB%E9%96%A2%E9%80%A3%E7%B5%B1%E8%A8%88%E8%B3%87%E6%96%99%EF%BC%88%E7%86%8A%E6%9C%AC%E7%9C%8C%E3%83%BB%E9%B9%BF%E5%85%90%E5%B3%B6%E3%81%AE
https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/seikatueisei/1356918449093.html

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